コラム

2025.07.22

変形性膝関節症に筋膜リリースが効果的な理由と実践法

変形性膝関節症と筋膜リリースの関係性

変形性膝関節症は、膝関節の軟骨が徐々に摩耗し、関節機能が低下していく慢性疾患です。多くの患者さんが階段の上り下りや長時間の歩行時に痛みを感じ、日常生活に支障をきたしています。

従来の治療法では、軟骨の摩耗に焦点を当てた対症療法が中心でした。しかし近年の研究では、軟骨の摩耗そのものよりも、膝関節周囲の軟部組織の状態が痛みや機能障害に大きく関与していることがわかってきました。

筋膜リリースとは、膝関節周囲の筋膜(筋肉を包む膜状の結合組織)の緊張や癒着を解放する治療法です。この治療法が変形性膝関節症に効果的である理由は、膝関節周囲の筋膜の状態が改善されることで、関節にかかる負担が軽減され、痛みの軽減や可動域の拡大につながるからです。

特に注目すべきは、膝蓋下脂肪体(しつがいかしぼうたい)という組織です。この組織は膝関節内に存在する脂肪組織で、痛みを感じる神経終末が豊富に存在しています。研究によれば、変形性膝関節症患者の多くはこの膝蓋下脂肪体に炎症や肥厚が見られ、これが痛みの原因となっていることがわかっています。

筋膜リリースが変形性膝関節症に効果的な科学的根拠

変形性膝関節症に対する筋膜リリースの効果については、いくつかの科学的研究で検証されています。東京都立大学大学院の研究チームが行った研究では、高齢女性の変形性膝関節症患者に対して膝蓋骨周囲の筋膜リリースを実施した結果、膝関節の屈曲可動域が有意に改善したことが報告されています。

この研究では、膝蓋骨離開リリース、膝蓋骨上方・下方リリースをそれぞれ3分間実施したところ、殿踵間距離(HBD)が平均14.2cmから10.1cmへと改善し、膝蓋下脂肪体の厚みも平均21.6mmから20.7mmへと減少しました。

また、同研究グループが行ったランダム化比較試験では、変形性膝関節症患者26名を対象に、膝蓋骨周囲への筋膜リリースを実施した介入群と、同様の動作で触れるのみの偽介入群に分けて効果を検証しました。その結果、膝関節屈曲可動域において4.47°の介入効果が認められました。

これらの研究結果から、筋膜リリースが変形性膝関節症患者の膝関節機能改善に一定の効果をもたらすことが科学的に示されています。特に、膝蓋骨周囲の筋膜に対するアプローチが、膝関節の可動域改善に寄与することが明らかになっています。

変形性膝関節症の真の原因と従来の誤解

変形性膝関節症の原因については、長年にわたり「軟骨のすり減り」が主因とされてきました。しかし、最新の整形外科学では、軟骨や半月板には痛みを感じる痛覚受容器(自由神経終末)が存在しないことがわかっています。

実際、アメリカの研究では、生涯一度も膝の痛みを訴えたことがないNBA選手のMRI画像を調査したところ、47.4%の選手に膝の軟骨損傷が、20%の選手に半月板損傷が見られました。これは、軟骨や半月板の損傷自体が必ずしも痛みの直接的な原因ではないことを示しています。

変形性膝関節症における痛みの真の原因は、膝蓋下脂肪体、鵞足(がそく)と呼ばれる腱組織、靭帯、関節包などの組織にあります。これらの組織には痛覚受容器が豊富に存在し、脳・神経の機能低下により過剰な負荷がかかることで痛みを引き起こします。

また、関節の変形が進行する原因も、単なる加齢や老化ではなく、脳・神経の機能低下による歩行時の過剰な負荷(メカニカルストレス)にあります。通常の歩行では体重の1.2倍の負荷がかかるとされていますが、脳・神経の機能低下があると2~3倍の負荷がかかることがあります。

このような過剰な負荷が継続すると、体は負荷に対抗するために骨棘を形成したり、関節面の面積を増やそうとして変形したりします。つまり、変形性膝関節症の根本的な改善には、脳・神経の機能を向上させ、関節にかかる負荷を適正化することが重要なのです。

筋膜リリースの実践法と自宅でできるテクニック

筋膜リリースは専門家による施術が最も効果的ですが、基本的なテクニックは自宅でも実践できます。ここでは、変形性膝関節症の症状緩和に役立つ自宅でできる筋膜リリースの方法をご紹介します。

膝蓋骨周囲のリリース

膝蓋骨(お皿)周囲の筋膜をリリースする方法です。椅子に座り、膝を軽く曲げた状態で行います。

  • 両手の親指を使って、膝蓋骨の周囲に軽い圧を加えます
  • 膝蓋骨の上部から時計回りに、ゆっくりと圧を加えながら円を描くように動かします
  • 各部位で30秒ほど圧を維持し、徐々に圧を緩めます
  • これを1セットとして、3セット行います

このテクニックは膝蓋骨周囲の筋膜の緊張を緩和し、膝関節の動きをスムーズにする効果があります。痛みを感じる場合は、圧力を弱めて行ってください。

大腿四頭筋のリリース

大腿四頭筋(太ももの前面の筋肉)の筋膜をリリースする方法です。フォームローラーを使用すると効果的です。

  • フォームローラーを床に置き、その上に太ももの前面を乗せます
  • 両手で体を支えながら、ゆっくりと前後に動かします
  • 特に緊張を感じる部分では、10~30秒間静止します
  • 太ももの内側から外側まで、位置を変えながら全体をカバーします

フォームローラーがない場合は、テニスボールなどで代用することもできます。このテクニックは、大腿四頭筋の緊張を緩和し、膝関節への負担を軽減する効果があります。

ハムストリングスのリリース

ハムストリングス(太ももの裏側の筋肉)の筋膜をリリースする方法です。

  • 椅子に座り、リリースしたい側の足を前に伸ばします
  • 両手で太ももの裏側を軽くつかみ、筋肉を横方向に優しく引き伸ばします
  • 同時に足首を背屈(つま先を身体方向に引く)させると、より効果的です
  • 各部位で30秒ほど維持し、徐々に圧を緩めます

このテクニックは、ハムストリングスの緊張を緩和し、膝関節の後面にかかる負担を軽減する効果があります。特に、長時間座っている方に効果的です。

筋膜リリースと併用すべき変形性膝関節症の治療法

筋膜リリースは変形性膝関節症の症状改善に効果的ですが、より高い効果を得るためには、他の治療法と併用することが重要です。ここでは、筋膜リリースと相乗効果が期待できる治療法をご紹介します。

適切な運動療法

変形性膝関節症の治療において、適切な運動療法は非常に重要です。特に、関節への負担が少ない水中運動や自転車エルゴメーターなどの非荷重運動が推奨されます。

筋膜リリース後に運動療法を行うことで、リリースによって改善された関節の可動域を活かし、より効果的に筋力強化や関節機能の改善を図ることができます。ただし、過度な負荷がかかる運動は避け、痛みを感じない範囲で行うことが大切です。

超音波ガイド下ハイドロリリース

超音波ガイド下ハイドロリリースは、超音波画像で筋膜と周辺組織を確認しながら薬液を注入する治療法です。この治療法は、通常のブロック注射と比べて副作用のリスクが少なく、麻酔の効果が切れた後も効果が長持ちするという利点があります。

西梅田静脈瘤・痛みのクリニックでは、この超音波ガイド下ハイドロリリースを変形性膝関節症の治療に積極的に取り入れています。筋膜リリースの手技療法と組み合わせることで、より効果的な痛みの緩和と機能改善が期待できます。

再生医療

再生医療は、変形性膝関節症の新たな治療アプローチとして注目されています。特に、幹細胞培養上清を用いた治療は、幹細胞から分泌される成長因子やサイトカインなどの生理活性物質が、体内の幹細胞や再生能力の高い細胞に直接働きかけて組織の再生を促します。

筋膜リリースによって関節周囲の環境が改善された状態で再生医療を行うことで、治療効果が高まることが期待されます。ただし、再生医療はまだ発展途上の分野であり、治療効果には個人差があることを理解しておく必要があります。

変形性膝関節症患者の日常生活での注意点

変形性膝関節症の症状管理と進行予防には、適切な治療と併せて日常生活での注意点も重要です。ここでは、筋膜リリースの効果を最大化し、症状を軽減するための生活上のポイントをご紹介します。

適切な体重管理

体重過多は膝関節への負担を増加させる主要な要因です。研究によれば、体重が1kg減少するごとに、膝関節にかかる負荷は約4kg減少するとされています。適切な食事管理と運動を組み合わせた体重管理は、変形性膝関節症の症状軽減に大きく貢献します。

特に、腹部の脂肪は炎症性サイトカインを産生し、関節の炎症を悪化させる可能性があります。バランスの取れた食事と適度な運動を心がけ、健康的な体重を維持することが重要です。

正しい姿勢と歩行パターン

不適切な姿勢や歩行パターンは、膝関節への負担を増加させ、症状を悪化させる原因となります。特に、内股歩行やO脚、X脚などの下肢アライメント異常は、膝関節の特定部位に過度な負荷をかけることになります。

理学療法士や専門医の指導のもと、正しい姿勢と歩行パターンを身につけることで、関節への負担を軽減し、筋膜リリースの効果を持続させることができます。必要に応じて、足底板やサポーターなどの補助具の使用も検討しましょう。

適切な靴選び

靴の選択も変形性膝関節症の症状管理において重要な要素です。クッション性が高く、適切なアーチサポートがある靴を選ぶことで、歩行時の衝撃を吸収し、膝関節への負担を軽減することができます。

特に、硬い靴底や高いヒールは避け、足のサイズに合った、安定性のある靴を選ぶことが推奨されます。また、必要に応じてオーダーメイドの中敷きを使用することも効果的です。

日常動作の工夫

日常生活の中での動作を工夫することも、膝関節への負担軽減に役立ちます。例えば、以下のような点に注意しましょう:

  • 立ち上がる際は、両手で支えを取りながらゆっくりと行う
  • 階段の上り下りは、可能であれば手すりを使用する
  • 長時間の立ち仕事や歩行は避け、適度に休息を取る
  • 重い物を持つ際は、膝ではなく腰を使って持ち上げる
  • 床からの物の拾い上げは、膝を曲げるのではなく、腰を曲げて行う

これらの工夫を日常的に実践することで、膝関節への過度な負担を避け、筋膜リリースなどの治療効果を最大化することができます。

まとめ:変形性膝関節症と筋膜リリースの未来

変形性膝関節症に対する筋膜リリースの効果について、科学的根拠に基づいて解説してきました。従来の「軟骨のすり減りが痛みの原因」という考え方から、「膝関節周囲の軟部組織の状態が重要」という新たな視点への転換は、変形性膝関節症の治療アプローチに大きな変化をもたらしています。

筋膜リリースは、膝蓋下脂肪体や鵞足などの痛みを感じる組織に直接アプローチすることで、痛みの軽減や関節機能の改善に寄与します。また、脳・神経の機能向上を通じて関節にかかる負荷を適正化することで、疾患の進行を遅らせる効果も期待できます。

自宅でできる筋膜リリースのテクニックを継続的に実践し、適切な運動療法や生活習慣の改善と組み合わせることで、変形性膝関節症の症状管理と生活の質の向上を図ることができます。

また、超音波ガイド下ハイドロリリースや幹細胞培養上清を用いた再生医療など、最新の医療技術と筋膜リリースを組み合わせることで、より効果的な治療成果が期待できます。

変形性膝関節症でお悩みの方は、西梅田静脈瘤・痛みのクリニックにご相談ください。血管外科と整形外科を専門とする当クリニックでは、筋膜リリースをはじめとする最新の治療法を提供し、患者様の痛みの軽減と生活の質の向上をサポートしています。

膝の痛みは我慢せず、適切な治療を受けることが重要です。一人ひとりの状態に合わせた最適な治療プランをご提案いたします。

詳細は西梅田静脈瘤・痛みのクリニックのウェブサイトをご覧いただくか、お電話でお問い合わせください。

【著者】

西梅田 静脈瘤・痛みのクリニック 院長 小田 晃義

【略歴】

現在は大阪・西梅田にて「西梅田 静脈瘤・痛みのクリニック」の院長を務める。

下肢静脈瘤の日帰りレーザー手術・グルー治療(血管内塞栓術)・カテーテル治療、再発予防指導を得意とし、患者様一人ひとりの状態に合わせたオーダーメイド医療を提供している。

早期診断・早期治療”を軸に、「足のだるさ・むくみ・痛み」の原因を根本から改善することを目的とした診療方針を掲げ、静脈瘤だけでなく神経障害性疼痛・慢性腰痛・坐骨神経痛にも対応している。

【所属学会・資格】

日本医学放射線学会読影専門医、認定医

日本IVR学会専門医

日本脈管学会専門医

下肢静脈瘤血管内焼灼術指導医、実施医

マンモグラフィー読影認定医

本記事は、日々の臨床現場での経験と、医学的根拠に基づいた情報をもとに監修・執筆しています。

インターネットには誤解を招く情報も多くありますが、当院では医学的エビデンスに基づいた正確で信頼性のある情報提供を重視しています。

特に下肢静脈瘤や慢性疼痛は、自己判断では悪化を招くケースも多いため、正しい知識を広く伝えることを使命と考えています。