コラム

2025.10.02

妊娠中の下肢静脈瘤|安全な対処法と専門医の診察時期

妊娠中に下肢静脈瘤が発症する原因とメカニズム

妊娠中に足の血管が浮き出てきた・・・こんな経験をされた方は少なくありません。実は、妊娠中の女性の約5〜40%に下肢静脈瘤が発生するといわれています。

下肢静脈瘤とは、足の静脈が拡張して血液の逆流が起こり、静脈がボコボコと浮き出た状態を指します。通常、静脈には血液を心臓に戻す逆流防止弁が備わっていますが、この弁が正常に機能しなくなることで発症します。

妊娠中に下肢静脈瘤が発症しやすい主な理由は以下の3つです。

1. 血液量の増加

妊娠すると、お腹の赤ちゃんに十分な栄養を届けるために、母体の血液量が通常より約40〜50%も増加します。この追加の血液量が静脈に大きな負担をかけ、静脈壁が拡張しやすくなります。

特に妊娠3ヶ月頃から血液量が増え始め、妊娠後期にかけて最大になります。日本人女性を対象とした調査では、妊娠3ヶ月までに下肢静脈瘤の約70%が発生するというデータもあります。

2. 女性ホルモンの影響

妊娠中は、プロゲステロンをはじめとする女性ホルモンの分泌量が大幅に増加します。このホルモンには血管壁を弛緩させる作用があり、静脈が拡張しやすくなるのです。

血管が拡張すると、静脈内の弁のふた(弁尖)同士が離れてしまい、本来なら心臓へと戻るはずの血液が逆流してしまいます。これが静脈瘤の形成につながるのです。

3. 子宮による圧迫

妊娠が進むにつれて子宮が大きくなると、骨盤内の静脈が圧迫されます。この圧迫により、足からの血液の流れが妨げられ、足の静脈圧が上昇します。

正常時の約3倍にも上昇するこの静脈圧が、静脈壁をさらに拡張させ、静脈瘤の形成や悪化を促進するのです。特に立ち仕事が多い方や、長時間同じ姿勢でいる方は、この影響をより強く受けやすくなります。

妊娠中の下肢静脈瘤の症状と見分け方

妊娠中の下肢静脈瘤は、通常の静脈瘤とは少し異なる特徴を持っています。どのような症状があり、どう見分けるのかを詳しく見ていきましょう。

妊娠静脈瘤は、妊娠前にはきれいだった足が、妊娠の進行とともに変化していくことが特徴です。通常の静脈瘤では見られない場所にも現れることがあります。

典型的な症状

妊娠中の下肢静脈瘤では、以下のような症状が現れることがあります。

  • ・足のだるさや重さ
  • ・足のむくみ(特に夕方にかけて悪化)
  • ・こむら返り(特に夜間や就寝中)
  • ・足の痛みやかゆみ
  • ・足の皮膚の変色や内出血

・これらの症状は、長時間立っていたり座っていたりした後に悪化することが多く、足を高く上げると軽減する傾向があります。

妊娠静脈瘤の特徴的な外観

妊娠静脈瘤の見た目の特徴としては、以下のようなものがあります。

  • 太ももの裏側や足の外側にボコボコとした静脈の浮き出り
  • クモの巣状の細かい血管(クモの巣状静脈瘤)
  • 足首周辺の皮膚の変色

通常の静脈瘤と異なり、妊娠静脈瘤は太ももの後ろや足の外側など、普段あまり静脈瘤が見られない部位にも発生することが特徴的です。

妊娠中の下肢静脈瘤に対する安全な対処法

妊娠中の下肢静脈瘤は、赤ちゃんへの影響を考慮する必要があるため、手術などの積極的な治療は通常行いません。しかし、症状を和らげるための安全な対処法はいくつかあります。

以下に、妊娠中でも安心して実践できる対処法をご紹介します。

医療用弾性ストッキングの着用

弾性ストッキングは、妊娠中の静脈瘤対策として最も効果的な方法の一つです。足の静脈を適度に圧迫することで、血液の逆流を防ぎ、うっ血を改善します。

弾性ストッキングには、ハイソックスタイプ、ストッキングタイプ、パンストタイプなど様々な種類があります。自分の症状や好みに合わせて選びましょう。特に朝起きてすぐ、足がまだむくんでいない状態で着用すると効果的です。

弾性ストッキングの着用は、母体の血液循環を改善するだけでなく、胎児にも良い影響を与える可能性があります。血液が下肢静脈にたまらないことで、全身により多くの血液が循環し、胎盤を通じて赤ちゃんにも十分な酸素や栄養が届きやすくなります。

足の挙上

1日に数回、足を心臓より15〜20cm高い位置に上げて休むことで、足の静脈の血流が改善します。特に長時間立ち仕事をした後や、夕方以降のむくみが強くなる時間帯に効果的です。

就寝時にも、足の下に枕などを置いて少し高くすると、夜間のこむら返りの予防にもつながります。ただし、仰向けで寝る場合は、仰臥位低血圧症候群(仰向けに寝ることで子宮が下大静脈を圧迫し、血圧が下がる状態)に注意が必要です。

適度な運動と姿勢の工夫

長時間同じ姿勢でいることは避け、定期的に軽い運動や足首の運動を行いましょう。足首をくるくると回す、つま先立ちを繰り返すなどの簡単な運動でも、ふくらはぎの筋肉ポンプ作用が活性化し、静脈の血流が促進されます。

また、座るときは足を組まず、立っているときは体重を左右の足に均等にかけるよう意識すると良いでしょう。

妊娠中の下肢静脈瘤と妊娠高血圧症候群の関連性

妊娠中のむくみが悪化した場合、それが単なる下肢静脈瘤によるものなのか、それとも妊娠高血圧症候群(かつての妊娠中毒症)の兆候なのか、見極めることが重要です。

下肢静脈瘤によるむくみと妊娠高血圧症候群によるむくみは、見た目が似ていることがありますが、その原因と対処法は大きく異なります。

妊娠高血圧症候群とは

妊娠高血圧症候群は、妊娠20週以降に高血圧が現れ、タンパク尿を伴うこともある妊娠合併症です。全身のむくみ、特に顔や手のむくみが特徴的で、下肢だけでなく上半身にもむくみが見られることが多いです。

これに対し、下肢静脈瘤によるむくみは主に足首から下の部分に限局し、夕方に悪化して朝には改善するという日内変動があります。

見分け方と注意点

以下のような症状がある場合は、妊娠高血圧症候群の可能性を考え、すぐに産婦人科医に相談しましょう。

  • 急激なむくみの増加(特に顔や手のむくみ)
  • 頭痛や目のかすみ
  • 上腹部痛や吐き気
  • 尿量の減少

妊婦さんの場合、むくみが悪化し静脈瘤を疑われていた人が、調べてみると妊娠高血圧症候群であることもあります。むくみが悪化した際には、まずは産婦人科の主治医に確認してもらうようにしましょう。

産後の下肢静脈瘤の経過と回復

妊娠中に発症した下肢静脈瘤は、出産後にどうなるのでしょうか?多くの方が気になるこの問題について詳しく見ていきましょう。

一般的に、妊娠によって発症した下肢静脈瘤の多くは、出産後3〜4ヶ月程度で自然に改善することが多いとされています。これは、出産により妊娠中の血液量増加やホルモンバランスの変化、子宮による圧迫といった要因が解消されるためです。

産後の回復過程

出産直後から、徐々に静脈瘤の症状は軽減していきます。特に、クモの巣状静脈瘤(細かい血管の拡張)は比較的早く目立たなくなることが多いです。

ただし、完全に元の状態に戻るわけではなく、ある程度の静脈瘤が残ることもあります。特に、妊娠前から静脈瘤の傾向があった方や、家族に静脈瘤の方がいる場合は、完全に消失しにくい傾向があります。

複数回の妊娠と静脈瘤

出産回数が増えるほど、静脈瘤が残存・悪化するリスクは高まります。第1子出産後に完全に回復したように見えても、第2子、第3子と妊娠を重ねるごとに、静脈瘤が再発し、より顕著になることがあります。

実際、産後の患者さんから「娘が妊娠後、下肢静脈瘤になってしまって・・・出産後、良くなると産婦人科の先生に言われたみたいだけれども、私も2人目出産後からどんどん悪化してきた」という相談を受けることもあります。

産後の静脈瘤治療

産後(特に授乳が終了した後)は、必要に応じてより積極的な治療を検討することができます。カテーテル治療や硬化療法などの治療法が選択肢となります。

産後も症状が続く場合や、見た目が気になる場合は、血管外科や静脈瘤専門のクリニックでの診察をお勧めします。特に次の妊娠を考えている方は、次の妊娠前に治療を検討するのも一つの選択肢です。

専門医の診察が必要なタイミングと選び方

妊娠中の下肢静脈瘤は、多くの場合は深刻な健康リスクを伴うものではありませんが、いくつかの状況では専門医の診察が必要になります。どのようなタイミングで受診すべきか、また専門医の選び方について解説します。

専門医の診察が必要なタイミング

以下のような症状がある場合は、産婦人科医に相談し、必要に応じて日本IVR学会専門医、心臓血管外科専門医の診察を受けることをお勧めします。

  • 強い痛みやかゆみが続く場合
  • 皮膚に炎症や変色、潰瘍などが見られる場合
  • 突然の腫れや赤みを伴う静脈瘤の悪化(表在静脈血栓症の可能性)
  • 片足だけが急に腫れて痛む(深部静脈血栓症の可能性)
  • 静脈瘤からの出血

特に、片足だけの急な腫れや痛みは深部静脈血栓症の可能性があり、肺塞栓症などの重篤な合併症につながる恐れがあるため、すぐに医療機関を受診してください。

専門医の選び方

下肢静脈瘤の診療を行う専門医としては、以下のような医師が挙げられます。

  • ・血管外科医
  • ・心臓血管外科医
  • ・静脈瘤専門クリニックの医師

専門医を選ぶ際のポイントとしては、下肢静脈瘤血管内焼灼術指導医・実施医の資格を持つ医師や、日本脈管学会専門医、日本IVR学会専門医、心臓血管外科専門医などの資格を持つ医師が望ましいでしょう。また、妊娠中の静脈瘤に対する診療経験が豊富な医師を選ぶことも重要です。

女性医師による診察・手術が可能なクリニックもありますので、希望に応じて選択することができます。

診察時に確認すべきこと

専門医の診察を受ける際には、以下の点について確認・相談するとよいでしょう。

  • 現在の静脈瘤の状態と重症度
  • 妊娠中に安全に行える対処法
  • 出産後の経過予測と必要に応じた治療計画
  • 次の妊娠を考えている場合の対応

妊娠中は超音波検査などの非侵襲的な検査が中心となりますが、これにより静脈の逆流の程度や範囲を正確に評価することができます。

まとめ:妊娠中の下肢静脈瘤との上手な付き合い方

妊娠中の下肢静脈瘤は、血液量の増加、女性ホルモンの影響、子宮による圧迫という3つの主要因によって発症します。症状としては足のだるさ、むくみ、こむら返りなどが一般的で、太ももの裏や足の外側にボコボコとした静脈の浮き出りが特徴的です。

妊娠中の対処法としては、医療用弾性ストッキングの着用、足の挙上、適度な運動が効果的です。これらの方法は母体だけでなく、胎児にも良い影響を与える可能性があります。

むくみが急激に悪化した場合は、妊娠高血圧症候群の可能性も考慮し、産婦人科医に相談することが重要です。また、強い痛みや皮膚の変化がある場合は、専門医の診察を受けることをお勧めします。

出産後は多くの場合、3〜4ヶ月程度で症状が軽減しますが、完全に消失するとは限りません。特に複数回の妊娠を経験すると、静脈瘤が残存・悪化するリスクが高まります。

妊娠中の下肢静脈瘤は一時的な状態であることが多いですが、適切な対処と必要に応じた専門医の診察により、不快な症状を最小限に抑えることができます。妊娠という特別な時期を、できるだけ快適に過ごすためのサポートとして、ぜひ本記事の情報をお役立てください。

下肢静脈瘤の診療・治療についてさらに詳しく知りたい方は、西梅田静脈瘤・痛みのクリニックにご相談ください。妊娠中の方はもちろん、産後の治療計画についても専門的なアドバイスを受けることができます。