
長引く下腹部の痛みや排尿の違和感、それは慢性前立腺炎かもしれません
「会陰部に重い痛みがある」「トイレが近くてスッキリしない」「座っていると下腹部に違和感がある」
こうした症状が3カ月以上続いている場合、それは**慢性前立腺炎**の可能性があります。35~50歳くらいの男性に多く見られる疾患ですが、中年以降でも発症することがあり、決して珍しい病気ではありません。
慢性前立腺炎は、膀胱のすぐ下にある「前立腺」という器官に炎症が起こり、排尿困難や痛みなどの症状が長期間続く状態です。急性前立腺炎のほとんどは細菌感染が原因ですが、慢性前立腺炎の約9割は原因を特定できず、治療に苦労される方が多いのが実情です。
私は放射線科診断医及びIVR専門医として、これまで多くの慢性前立腺炎の患者様を診察してきました。この記事では、慢性前立腺炎の原因や症状、検査方法、そして当クリニックで行っている治療法について、わかりやすく解説します。
慢性前立腺炎とは?前立腺の役割と炎症のメカニズム
前立腺は膀胱のすぐ下に位置する器官です。
精子への栄養供給、pHの調整、精液の濃縮などを行う重要な役割を担っています。この前立腺に炎症が起こった状態が「前立腺炎」であり、症状が3カ月以上続くものを「慢性前立腺炎」と呼びます。
急性前立腺炎のほとんどは細菌感染を原因としますが、慢性前立腺炎では約1割のみが細菌感染によるもので、残りの約9割は原因を特定できません。排尿困難、排尿時痛、陰部の痛み、頻尿などの症状を伴い、35~50歳くらいの男性に好発するとされていますが、中年以降でも発症することがあります。
慢性前立腺炎は男性の10%から15%がかかるとされており、頻度の高い疾患です。しかし、原因が特定できないケースが多いため、治療に時間がかかることも少なくありません。
慢性前立腺炎の原因・・・ストレスやデスクワークも影響する
慢性前立腺炎の原因は複雑です。
約1割は細菌感染を原因として発症しますが、それ以外の多くの症例では、はっきりとした原因が特定できません。現在のところ、長時間の坐位や自転車などの圧迫に伴う前立腺への刺激や血流障害、尿の逆流、骨盤周辺の知覚過敏、ホルモンの分泌異常、免疫異常などが発症に影響しているのではないかと考えられています。
症状を悪化させる要因
ストレスや長時間のデスクワーク、過労、飲酒、喫煙、カレーなど辛い物の摂取などは、慢性前立腺炎の症状を悪化させると言われています。
特に、デスクワークや自転車・バイクなどによる長時間の座位は、会陰部に負担がかかり、症状を悪化させるおそれがあります。自転車やバイクでの長距離移動も、できる限り避けることが推奨されます。30分に一度は立ったり、座る際には円座のクッションなどを使用して前立腺への刺激を減らすことが大切です。
前立腺周辺の血流障害と炎症血管
前立腺に慢性的な炎症が起こると、不要な血管(新生血管)が異常に増えることがあります。
この異常な血管の増加とともに痛みを伝える神経も増えるため、そこから常に痛みの信号が脳へ送られ、長引く慢性的な痛みを引き起こします。こうした炎症血管は、レントゲンやMRIでは写りにくく、湿布や痛み止めなどの対症療法では根本的に治せないため、原因である異常血管そのものを治療する必要があります。
慢性前立腺炎の症状・・・痛みだけではない多岐にわたる不調
慢性前立腺炎の症状は多岐にわたります。
排尿困難、頻尿、排尿時の痛み、陰部・下腹部の痛みや不快感、下肢の痛みやしびれ、血尿、残尿感、勃起時の痛み、排尿時や射精時の痛みなど、さまざまな症状が現れます。
坐位で増悪する会陰部の痛み
特徴的な症状として、坐位で増悪する会陰部や股関節付け根の痛みがあります。
長時間座っていると会陰部に重い痛みや違和感が生じ、立ち上がると症状が軽減することがあります。この症状は、前立腺への圧迫や血流障害が関係していると考えられています。
排尿に関する症状
排尿困難や頻尿、排尿時の痛み、残尿感などの症状も多く見られます。
トイレが近くなったり、排尿後にスッキリしない感覚が続いたりすることがあります。また、尿道や陰のうに違和感を感じることもあります。
性機能に関する症状
勃起時の痛みや射精時の痛み、性交時の違和感など、性機能に関する症状も慢性前立腺炎の特徴です。
こうした症状は、患者様にとって非常にデリケートな問題であり、誰にも相談できずに悩んでいる方も少なくありません。坐位で増悪する会陰部、股関節付け根の痛み、排尿時痛などの異常を感じたら、年齢のせいと決めつけず、早めにご相談ください。
慢性前立腺炎の検査と診断・・・造影剤MRIで炎症を可視化
慢性前立腺炎の診断には、いくつかの検査を組み合わせて行います。

NIH慢性前立腺炎症状スコア(NIH-CPSI)
痛みや不快感、排尿の状態、QOL(生活の質)についてアンケート形式で調べるテストです。
スコアに応じて、軽度、中等度、重度と判定でき、痛みの場所やお困りのことを把握することができます。このスコアは、治療の効果を評価する際にも使用されます。
尿検査
細菌感染が疑われる場合には、尿検査を行います。
尿の濁りや血尿の有無、細菌の有無などを確認します。細菌感染による前立腺炎の場合は、抗生物質による治療が効果を発揮します。
残尿測定
排尿後、膀胱に超音波を当てて、残っている尿の量を測定します。
排尿直後に超音波検査を行うことで、残尿量を確認できます。残尿が多い場合は、排尿障害が進行している可能性があります。
直腸診
前立腺の腫れなどを調べる検査です。
医師が手袋をはめて、指を使って直腸から前立腺の状態(特に圧痛があるかどうか)またマッサージ後の症状の変化を調べます。直腸診では通常痛みはありませんが、慢性前立腺炎では強い痛みを感じたり、一部がしこりとして触れたりします。また、直腸診で前立腺をマッサージすると症状が一時的に改善するケースもあり、これは血流の改善によって症状緩和が起きていると考えられています。
造影剤を使用したMRI
点滴を取って造影剤を入れながらMRIを撮像します。
慢性前立腺炎の方は炎症を反映して、早いタイミングで造影剤が炎症のある場所に集積します。この検査により、前立腺内の炎症の程度や範囲を詳しく評価することができます。MRIを撮影することで、骨盤内の全体の状況が把握でき、前立腺がんや前立腺内の炎症による信号変化をとらえることができます。
慢性前立腺炎の治療・・・生活習慣改善と薬物療法、そしてカテーテル治療
治療では、生活習慣の改善と薬物療法が中心となります。
しかし、それでも症状が改善しない難治性の慢性前立腺炎には、カテーテルによる治療が有効です。
生活習慣の改善
ストレス、長時間のデスクワーク、過労、飲酒、喫煙は、慢性前立腺炎を悪化させます。
これらをできる限り取り除き、食事・運動習慣に気をつけた規則正しい生活を送りましょう。自転車やバイクでの長距離移動も、できる限り避けましょう。30分に一度は立ったり、座る際には円座のクッションなどを使用して前立腺への刺激を減らしましょう。クッションはご自身にあった硬さがあるので、複数のクッションを試す必要があります。
薬物療法
排尿状態を改善するα1ブロッカー、鎮痛薬、抗生物質等を使った治療を行います。
神経性疼痛への効果が期待できるプレガバリンや抗うつ薬、その他漢方を使用することもあります。抗生物質は細菌が検出されなくても有効なケースがあり、レボフロキサシン、テトラサイクリンなどが主に使われます。また、前立腺の炎症を抑える植物由来成分配合薬や漢方薬などが使われる場合もあります。
カテーテル治療・・・難治性の慢性前立腺炎に対する新しいアプローチ
前立腺炎に伴い炎症血管が生じている場合には、カテーテル治療が有効です。
動脈にカテーテルを挿入し、イミペネム・シラスタチンという塞栓物質/抗生剤を炎症を起こした血管に注入することで、炎症と痛みの緩和が期待できます。術前のMRIではっきりと炎症が確認される方に関しては85%の方で症状の改善が期待できますが、反対に炎症がはっきりしない場合は40%程度の方に症状の改善が見られます。
治療時間は20分~60分程度で、術後1時間安静にしていただき、帰宅可能な日帰り治療です。
カテーテル治療は完全自費診療になりますが、医療行為の区分としては「手術」にあたります。そのため医療保険に加入されている方であれば、加入された保険のタイプによっては給付金が受け取れることがあります。詳細は加入されている保険会社の相談窓口などでお問い合わせください。
治療期間と効果の実感
慢性前立腺炎の症状が出始めてからすぐに適切な治療を受けられれば、6週間以内に約半数の症例で症状が改善または消失します。
当院では既存の治療では症状の改善に乏しい難治性の慢性前立腺炎の方に対して、カテーテル治療を積極的に行っています。カテーテル治療は即効性のある治療ではなく、3週間~3か月程度で徐々に効果を実感する治療となります。段階的に改善する方がほとんどなので、6週間~3か月後に2回目のカテーテル治療を行うことをお勧めします。
治療中にやってはいけないこと・・・生活上の注意点
治療の効果を高めるためには、日常生活での注意が必要です。
コーヒーや刺激物の摂り過ぎに注意

治療中は、コーヒーや紅茶などのカフェインを含む食品、唐辛子やワサビなどの膀胱粘膜を刺激する食品の摂り過ぎはお控えください。
カフェインには利尿作用があり、頻尿の原因となります。また、刺激の強い香辛料は症状を悪化させる可能性があるため、控えめにすることが推奨されます。
長時間の座位を避け、適度な運動を
デスクワーク、自転車・バイクなどによる長時間の座位は、会陰部に負担がかかり、症状を悪化させるおそれがあります。
自転車・バイクなどを趣味で楽しんでいる方もいらっしゃいますが、少なくとも治療中はできる限り控えましょう。デスクワークをする場合も、30分に一度は立ち上がってストレッチをしたり、近くを歩いたりして、会陰部を圧迫から解放するようにしてください。
治療中の性行為について
クラミジアなどの細菌感染でない限り、治療中に性行為をすることに問題はありません。
細菌感染が原因である場合には、医師から許可を得てから再開するようにしてください。性行為に関する悩みや不安がある場合は、遠慮なくご相談ください。
まとめ・・・慢性前立腺炎は適切な治療で改善が期待できます
慢性前立腺炎は、3カ月以上症状が続く疾患で、35~50歳くらいの男性に好発します。
約9割の症例で原因が特定できず、長時間の坐位や自転車などの圧迫、ストレス、デスクワークなどが症状悪化に影響します。NIH慢性前立腺炎症状スコア、尿検査、残尿測定、直腸診、造影剤を使用したMRIなどで診断し、生活習慣の改善と薬物療法が治療の中心となります。
難治性の慢性前立腺炎に対しては、カテーテル治療を提供しています。カテーテル治療は動脈にカテーテルを挿入し、イミペネム・シラスタチンという塞栓物質/抗生剤を炎症血管に注入する方法で、術前のMRIで炎症が確認される方は85%で症状改善が期待できます。治療時間は20分~60分程度で日帰り可能です。
カテーテル治療は完全自費診療ですが、医療保険の給付金対象となる可能性があります。カテーテル治療は3週間~3か月程度で徐々に効果を実感し、6週間~3か月後に2回目の治療を推奨しています。
長引く下腹部の痛みや排尿の違和感でお悩みの方は、ぜひ一度ご相談ください。適切な診断と治療により、症状の改善が期待できます。
詳しい治療内容や診療時間については、西梅田 慢性前立腺炎のページをご覧ください。
【著者】
西梅田 静脈瘤・痛みのクリニック 院長 小田 晃義
【略歴】
現在は大阪・西梅田にて「西梅田 静脈瘤・痛みのクリニック」の院長を務める。
下肢静脈瘤の日帰りレーザー手術・グルー治療(血管内塞栓術)・カテーテル治療、再発予防指導を得意とし、
患者様一人ひとりの状態に合わせたオーダーメイド医療を提供している。
早期診断・早期治療”を軸に、「足のだるさ・むくみ・痛み」の原因を根本から改善することを目的とした診療方針を掲げ、静脈瘤だけでなく神経障害性疼痛・慢性腰痛・坐骨神経痛にも対応している。
【所属学会・資格】
日本医学放射線学会読影専門医、認定医
日本IVR学会専門医
日本脈管学会専門医
下肢静脈瘤血管内焼灼術指導医、実施医
マンモグラフィー読影認定医
本記事は、日々の臨床現場での経験と、医学的根拠に基づいた情報をもとに監修・執筆しています。
インターネットには誤解を招く情報も多くありますが、当院では医学的エビデンスに基づいた正確で信頼性のある情報提供を重視しています。
特に下肢静脈瘤や慢性疼痛は、自己判断では悪化を招くケースも多いため、正しい知識を広く伝えることを使命と考えています。

